法華経について②

前回から、法(ほ)華(け)経(きょう)について、様々な面から学ぶことになりました。  今回は、前回に引き続き、釈(しゃく)尊(そん)の説かれた八万四千という膨(ぼう)大(だい)な教えの中でも、法華経こそが最第一の教えであることを学んでいきたいと思います。

 

八教(はっきょう)について  

 釈尊は、三十二歳で成(じょう)道(どう)した後、四十二年間、御自身が悟(さと)られた難(なん)信(しん)難(なん)解(げ)の法である妙法蓮華経に導くために、衆(しゅ)生(じょう)の機(き)根(こん)に応じて様々な教えを説かれました。

 この一代説教つまり、五時説教の内容を、天(てん)台(だい)大(だい)師(し)は、化(け)法(ほう)の四教として分類されました。薬で譬(たと)えるならば、薬の内容成分を四つの種類に分類するようなものです。

 また、釈尊が用いられた説法の形式・方法を、化儀(けぎ)の四教として分類されました。化儀の四教とは、薬を処方(しょほう)する方法のようなものです。  これらの化法の四教と化儀の四教を合わせて、八(はっ)教(きょう)と言いますが、これに前回説明した、五(ご)時(じ)を加えると五時八教になります。これらは天台大師が釈尊一代の説教を判りやすく、教(きょう)相(そう)判(はん)釈(じゃく)したものです。

 

化法(けほう)の四教

 まず、化法の四教は、蔵(ぞう)教(きょう)、通(つう)教(ぎょう)、別(べっ)教(きょう)、円(えん)教(ぎょう)の四つの教えの内容に分類されています。  

蔵教(ぞうきょう)

 蔵教とは三(さん)蔵(ぞう)教(きょう)の略称で、三蔵とは経(きょう)(経(きょう)典(てん))・律(りつ)(戒(かい)律(りつ))・論(ろん)(解説)のことです。蔵教は声(しょう)聞(もん)・縁(えん)覚(がく)の二乗を正(しょう)機(き)とし、菩(ぼ)薩(さつ)を傍(ぼう)機(き)として説かれた教えです。教えの内容は、三(さん)界(がい)六(ろく)道(どう)に生(しょう)死(じ)流(る)転(てん)する苦しみの原因は、煩(ぼん)悩(のう)(見(けん)思(じ)惑(わく))と、そこから生じる業(ごう)(行い)によるもので、この煩悩を断ずるためには、空(くう)理(り)を悟るべきことを説いています。蔵教の空理観は、あらゆるものを概(がい)念(ねん)的に分(ぶん)析(せき)し、一切の諸法は、因(いん)縁(ねん)が尽(つ)きれば本来「空」になると観(み)る「折(しゃっ)空(くう)観(かん)」を説いています。この空理観に基づき、声聞には四(し)諦(たい)、縁覚には十二因縁、菩薩には六(ろく)度(ど)を修行し、煩悩(見思惑)をすべて断尽(だんじん)すれば、三界六道の苦(く)界(かい)に生を受けることがなくなることを教えられ、これを蔵教の悟り(涅(ね)槃(はん))としています。  このような蔵教の空理観は、すべての実体をただ空の一辺のみと見るところから「但(たん)空(くう)の理」と言われます。  

 

通教(つうぎょう)  

 次に通教とは、ここで説かれる空理が前の蔵教にも、後の別教・円教にも通じる故に通教と言います。  蔵教の析空観に対し、因縁によって生じた諸法の当体はもともと存在せず、直ちに空と観る「体(たい)空(くう)観」(当(とう)体(たい)即(そっ)空(くう))を説いています。利(り)根(こん)の菩薩たちは、「当体即空」の法門を聞いて、かえってその反面である「仮(け)有(う)」の肯定や、「非(ひ)有(う)非(ひ)空(くう)」という中(ちゅう)道(どう)の妙(みょう)理(り)「不(ふ)但(たん)空(くう)」の理をも悟り、次の別教や円教の修行に進むことができました。

 

別教(べつきょう)

 そして別教とは、先の蔵通二教や後の円教とも異なり、菩薩のために別して説かれた教えで、空(くう)仮(け)中(ちゅう)の三諦(さんたい)の法理を明かしています。しかし、別教で説かれる空仮中の三諦は、互いに融合(ゆうごう)することなく、それぞれが隔(へだ)たっていることから「隔(きゃく)歴(りゃく)の三諦」と言われます。ここで説かれる中道の理は、空仮の二辺を離れた但(たん)なる中道であるため、これを「但(たん)中(ちゅう)の理」と言います。  また、修行方法としては、空仮中の三諦を別々に次(し)第(だい)して、観(かん)法(ぽう)するために「次第の三(さん)観(がん)」とも呼ばれます。

 

円教(えんぎょう)

 最後の円教とは、偏(かたよ)りのない円満な教えを説いているので円教と言い、空仮中の三諦の一々に三諦を具(そな)え、諸法は常に互(ご)具(ぐ)互(ご)融(ゆう)の当体であると明かす「円(えん)融(ゆう)の三諦」を説く教えのことです。  真(しん)如(にょ)中(ちゅう)道(どう)の理が空仮中の三諦円融した中に明かされるところから、別教の「但中」に対して、「不(ふ)但(たん)中(ちゅう)」と言います。  円教の理は、華(け)厳(ごん)時、方(ほう)等(どう)時、般(はん)若(にゃ)時の教えの中にも含まれていますが、それらは蔵通別の方(ほう)便(べん)を雑(まじ)えた教えであり、法華経だけが純(じゅん)粋(すい)に円教のみを説いた教えです。華厳時、方等時、般若時に説かれた円教を「爾(に)前(ぜん)の円」と呼ぶのに対し、法華経の円教は純粋な円融円満の教義が明かされているので、「純(じゅん)円(えん)一(いち)実(じつ)」や「純(じゅん)円(えん)独(どく)妙(みょう)」とも言います。

 

化儀(けぎ)の四教

 次に、化儀の四教とは、頓(とん)教(ぎょう)、漸(ぜん)教(ぎょう)、秘(ひ)密(みつ)教(きょう)、不(ふ)定(じょう)教(きょう)の四つに分類されます。  

頓教(とんぎょう)  

頓教の頓(とん)とは「ただちに」の意で、衆生の機根にかかわらず、直ちに仏の高(こう)広(こう)な理を説くこと。華厳時では、この説法形式が用いられました。

漸教(ぜんぎょう)  

 漸教の漸(ぜん)とは「漸(ようや)く」と読み、「物事が徐々(じょじょ)に進むこと」の意で、仏が衆生の機根に応じて、低い教えから高い教えへと漸々(ぜんぜん)に説いて、衆生の機根を調(ととの)え、誘引(ゆういん)することを言います。この説法形式は、阿含時・方等時・般若時に用いられました。  

秘密教(ひみつきょう)

 秘密教とは、正確には秘(ひ)密(みつ)不(ふ)定(じょう)教(きょう)と言います。仏の説法を聴(ちょう)聞(もん)する衆生が互いにその存在を知らず(秘密)、同じ教えを聴きながらもそれぞれの機根に応じて聴き方が異なり(同(どう)聴(ちょう)異(い)聞(もん))、そして衆生の得(とく)益(やく)が一定ではない(不定)化導法です。この説法の方法は華厳経の一部や阿含時・方等時・般若時が当たります。

不定教(ふじょうきょう)

 不定教とは、正確には顕(けん)露(ろ)不(ふ)定(じょう)教(きょう)と言います。仏の説法を聴聞する衆生が、互いにその存在を知り(顕(けん)露(ろ))ながらも、秘密教と同じく、同聴異聞であったため、衆生の得益が一定ではない(不定)化導法です。この説法の方法は秘密教と同じく、華厳経の一部や阿含時・方等時・般若時が当たります。    

 

「超八醍醐(ちょうはちだいご)」の法華経  

以上のように仏が様々な手段・方法をもって説法されたのは、衆生の機根を徐々に調えて、真実最高の教えである法華経に導き、すべての衆生を一(いち)仏(ぶつ)乗(じょう)に入らしめるためでした。  この法華経は、仏の悟られた法そのままの純粋な円教であり、先に説明した化法の四教や化儀の四教のような様々な機根の衆生を導くために用いられた方便の教え・化導法を超(ちょう)過(か)していることから「超(ちょう)八(はち)醍(だい)醐(ご)」と言います。  この醍醐とは、牛乳から精製して最後に醍(だい)醐(ご)味(み)として完成する色(しき)香(こう)味(み)のすべてに勝れた妙(みょう)味(み)の食物を言い、涅槃経には一切の病を消滅する妙(みょう)薬(やく)と説かれています。つまり仏を牛に譬え、仏の説法を牛から出る乳に譬えます。その牛乳を精製すると酪(らく)味(み)になり、それがさらに生(しょう)酥(そ)味(み)、熟(じゅく)酥(そ)味(み)となり、最後に醍醐味の妙味・妙薬になるように、仏の教法も華厳から阿含、方等、般若を経て最後の法華涅槃の経が極(ごく)説(せつ)の醍醐味となるのです。

 したがって、法華経『安(あん)楽(らく)行(ぎょう)品(ほん)第十四』に、 「此(こ)の法華経は、諸仏如(にょ)来(らい)の秘(ひ)密(みつ)の蔵(ぞう)なり。諸経の中に於て、最も其(そ)の上(かみ)に在り」(法華経 三九九㌻) と説かれるように、法華経こそ諸経の中で最も優れ、最上位にある教えなのです。

 

 御法主日如上人猊下は、 「法華経が諸(しょ)経(きょう)中(ちゅう)王(おう)、諸経のなかで王様のお経であるということはどこにあるのかというと、これは皆さん方も御存じの『三(さん)大(だい)秘(ひ)法(ほう)抄(しょう)』のなかに、 『法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給(たま)ひて候(そうろう)は、此の三大秘法を含(ふく)めたる経にて渡らせ給へばなり。秘すべし秘すべし』(同 一五九五㌻) と、甚深(じんじん)の御教示を仰(おお)せあそばされているのであります。すなわち、法華経本門寿(じゅ)量(りょう)品(ほん)の文(もん)底(てい)に三大秘法が秘(ひ)沈(ちん)せられているが故に、法華経が尊いということになるのであります」(大白法 八二○号)

 と仰せられています。私たちは、幸いにもこの法華経本門『寿量品』に文底秘沈された大法である三大秘法を受持しております。この諸経中王の妙法を受持している誇(ほこ)りと感謝をもって、御命題達成に向けて、いよいよ折(しゃく)伏(ぶく)に精(しょう)進(じん)してまいりましょう。