日寛上人に見る説話

天竺(インド)に仏教を信じる優婆塞がいて五戒を持ち、精進して善根を積んでいたが、病に倒れ自分自身非常に困惑していた。妻も看病しつつ「わが夫がもし亡くなったら私はこの先どうして生きていったらいいだろか、子供も少しも私の支えにならないし」と悲嘆にくれていた。夫も「われが死んだら妻はどうなるのだろうか、一人で元気に生きていけるだろうか」と妻への執着心が残った。
往昔、ある沙門が叢(くさむら)に行くと、そこに一匹の大蛇を見かけた。 蛇は 「和尚、あなたは阿耆達王(あぎったおう)のことを聞いたことがあるか」 と話しかけてきた。 「聞いたことがある」 「実はわたしがその王である」 と蛇は答えた。沙門はその姿を見て驚き、 「阿耆達王は仏塔等を立てているし、その功徳は巍々(ぎぎ)堂々として天上に生まれるべきである。

 昔、仏法を求める出家者が、ある山中を行くと二人の山賊(やまがつ「山中に住む賤しい身分の者」)がいた。一人は他に伏し、他の一人は畠をつくっていた。恐らく父子であろう。近づいてよく見ると、その子は毒蛇にさされて即死していたのだが、父は悲嘆する様子もなく、この僧に「あなたのおいでになる道の方向にわたしの家がありますので、家の者に飯(めし)を運ぶように言ってください。
往昔、ある沙門が叢(くさむら)に行くと、そこに一匹の大蛇を見かけた。 蛇は 「和尚、あなたは阿耆達王(あぎったおう)のことを聞いたことがあるか」 と話しかけてきた。 「聞いたことがある」 「実はわたしがその王である」 と蛇は答えた。沙門はその姿を見て驚き、 「阿耆達王は仏塔等を立てているし、その功徳は巍々(ぎぎ)堂々として天上に生まれるべきである。

無空の姓は橘である。東大寺に出家して密教を学び、念仏を修していた。  晩年、無空は自己の有する資産が僅少であるので心配なことが起こった。 「今、自分はあまりにも貧しい。このまま死んでしまえば弟子達が苦労するであろう、今日から葬儀料を蓄積することにしよう」 と思って始めだした。やがて万銭を貯えて坊の梁間に隠し置いたが、銭の存処(ありか)を知る者は一人もいなかった。
毘婆尸仏(びばしぶつ)の時、頭痛を患っている比丘がいた。薄拘羅(はくくら)尊者は、この貧しい比丘のために菓子を施すと、比丘の病(やまい)はたちまちに癒(い)えた。...

釈尊在世の時、阿難をはじめ沢山の比丘が如来を国繞(いじょう)して王舎城の中に入り、乞食(こつじき)をしていた。...
釈尊がカビラエ国のニクダ樹下におられた時、この国の城内に一人の長者がいた。名を瞿沙(くしゃ)という。瞿沙は多くの女性の中から最良の一人を選んで妻とした。...

商主は王舎城の長者であった。ある時、五百人の賈客(こきゃく)と共に大海を渡って珍宝を得ようと出発した。すると道中で一人の僧に出会った。僧は重い病気に罹(かか)り、瀕死の状態であったので、そのまま放置するに忍びず、薬草を与えたり、色々と手を尽くして看病した。
仏の在世に鬱鉢(うはつ)比丘尼がいて既に阿羅漢を得、六神通を具していた。  比丘尼は貴人の家を訪問すると、いつも出家を賛嘆し、貴婦人に出家を勧めていた。すると彼女達は、 「私は年少の上、容色も美しいので途中で戒を破って還俗(げんぞく)してしまいます」 と言った。比丘尼は、 「城を破ろうとするから破れるのです」 と答えた。また彼女達は、...

さらに表示する